イタリア映画

映画『シシリーの黒い霧』主人公の謎とマフィアの実話

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フランチェスコ・ロージ監督の不朽の名作『シシリーの黒い霧』(原題:Salvatore Giuliano / 1962年)。本作の最大の特徴である「主人公の顔が映らない」「徹底して冷徹なドキュメンタリー調」という狂気の演出に合わせ、未解決の闇に迫る考察スタイルの記事を作成しました。

『歴史背景が難しくて挫折した』という方のために、後半ではマフィアと国家の複雑な勢力図をわかりやすく図解しています!

主人公の「顔」が見えない狂気の映画。なぜ『シシリーの黒い霧』は未解決事件の闇を暴けたのか?

1950年7月5日、灼熱のシチリア島。ある民家の中庭に、一人の男がうつ伏せに倒れていた。

男の名はサルヴァトーレ・ジュリアーノ。享年27歳。

彼はある者にとっては無辜(むこ)の民を救う「義賊(ギゾク)」であり、ある者にとっては残虐非道な「山賊」であり、またある者にとってはシチリア独立を掲げた「革命の闘士」だった。

イタリア映画『シシリーの黒い霧』(1962年)は、この戦後最大のカリスマの死から幕を開ける。しかし、この映画には決定的な「異常性」がある。123分に及ぶ上映時間の中で、主人公であるはずのジュリアーノの顔が、まともに画面に映らないのだ。

巨匠フランチェスコ・ロージ監督が、徹底したドキュメンタリー・タッチ(ネオレアリズモ)で描いた「国家のタブー」。そのあらすじと、今なお白日の下に晒されていない「黒い霧」の謎を徹底解説する。

1. あらすじ:死体から始まる、時系列の迷宮

映画は、ジュリアーノの生々しい死体と、それを囲む警察や記者たちの冷淡な検証から始まる。

物語はここから、彼の全盛期である第二次世界大戦末期(1945年)へと時間を巻き戻し、そして彼の死後の「謎の裁判」へと、時系列を激しく交錯させながら進んでいく。

 

英雄か、それとも国家の捨て駒か

終戦直後のシチリアは混乱の極みにあった。ジュリアーノ率いる山賊団は、地主から富を奪って貧民に分け与え、圧倒的な民衆の支持を得ていた。そこに目をつけたのが「シチリア独立運動」の政治家たち、そして島を裏で牛耳る「マフィア」だった。彼らはジュリアーノを「独立義勇軍」のボスに祭り上げ、時のファシスト政府や左派勢力に対抗するための暴力装置として利用していく。

「ポート・デッラ・ジネストラ」の惨劇

ジュリアーノの運命が暗転したのは1947年5月1日。メーデーを祝う共産党系の労働者やその家族が集う丘(ポート・デッラ・ジネストラ)へ、ジュリアーノ一味が容赦ない機銃掃射を浴びせたのだ。女子供を含む多数の犠牲者を出したこの大量虐殺により、彼は一瞬にして「義賊」から「国家の敵」へと転落する。

だが、なぜ彼は民衆を撃ったのか? 誰が彼にそれを命じたのか?

謎だらけの射殺と、口を封じられた証人たち

1950年、公式発表では「警察との激しい銃撃戦の末に射殺された」とされたジュリアーノ。しかし、実際の死体は不自然なほど綺麗だった。

カメラは、彼の死後に開かれた大裁判へと移る。証言台に立ったのは、ジュリアーノの従兄弟であり右腕だった男、ピショッタ。彼は法廷で驚天動地の告白を始める。

「ジュリアーノを殺したのは警察ではない。この俺だ。警察と取引したのだ」

「俺たちは、政府の超大物政治家たちに利用されていた!」

国家を揺るがす闇が暴かれようとしたその瞬間、ピショッタは刑務所内で毒入りのコーヒーを飲まされ、死亡する。事件の真相を知る者はすべて消され、シチリアには再び、底の見えない「黒い霧」が立ち込めるのだった。

『シシリーの黒い霧』を100倍楽しむための歴史背景と勢力図

この映画が「難しい」と感じられる最大の理由は、「当時のシチリアの複雑な利害関係」が説明なしに描かれるからです。

ここでは、映画の舞台となった1940年代後半のシチリアを支配していた「4つの勢力」の思惑を、わかりやすく図解(整理)します。

■ ひと目でわかる!シチリア「黒い霧」の利害関係・勢力図

当時のシチリアは、以下のような「奇妙な四角関係(+利用されるジュリアーノ)」で動いていました。

【国家(政府・右派政治家)】

│ (左派を抑え込むためにマフィアのボスと密約)

【マフィア(裏の支配者)】 ◀(裏切り) ──【警察(国家の犬)】

│                                                  ▲

│ (最初は資金・武器を提供)                   │ (手柄と口封じのため

▼                                                 │  マフィアと共謀)

【ジュリアーノ(山賊団)】 ───────────────┘

▼ (貧民には金を配るが、メーデーで労働者を虐殺)

【シチリアの民衆・労働者(左派・共産党)】

■ 登場する「4つの勢力」それぞれの思惑

この勢力図をさらに深掘りして、各プレイヤーが何を企んでいたのかを解説します。

① サルヴァトーレ・ジュリアーノ(山賊団)

立場: シチリアの貧しい青年。闇米の密輸で警察官を殺害したことから山賊となる。

思惑: 「地主や国から富を奪い、貧民に分ける」義賊として英雄視される。やがて「シチリア独立運動」の熱に浮かされ、独立義勇軍のボスとして政治に加担していくが、それが破滅の引き金となる。

② マフィア(島の裏の支配者)

立場: シチリアの土地と利権を実質的に牛耳る犯罪組織。

思惑: ジュリアーノの圧倒的な武力と民衆人気に目をつけ、最初は彼を支援・利用する。しかし、ジュリアーノが暴走し(労働者虐殺など)、国家から「ジュリアーノを処刑せよ」と圧力をかけられると、手のひらを返して彼を警察に売り渡す。

③ 国家・右派政治家(キリスト教民主党など)

立場: 戦後のイタリア政府。

思惑: 当時、シチリアで「共産党(左派)」の勢力が拡大することを激しく恐れていた。そのため、左派の労働者たちを暴力で威嚇・排除するために、マフィアを通じてジュリアーノに「メーデーの集会を襲撃せよ(ポート・デッラ・ジネストラの惨劇)」と裏で指示を出したとされる。

④ 警察・治安当局

立場: 国家のメンツを守る組織。

思惑: 何年もジュリアーノを捕まえられず無能を晒していた。最終的には、マフィアがジュリアーノを裏切って用意した「すでに死んでいる死体」に向かって銃を撃ち、「激しい銃撃戦の末に警察が射殺した」という大嘘の英雄伝(公式発表)を捏造した。

2. 徹底解説:なぜ映画は主人公の「顔」を隠したのか?

本作を初めて観た者は一様に困惑する。ジュリアーノは常に「遠景の白い人影」であったり、「毛布に包まれた姿」であったり、あるいは「冷たい死体」としてしか画面に現れないからだ。

ロージ監督が仕掛けたこの過激な演出には、明確な意図がある。

① ジュリアーノは「概念」に過ぎない

この映画の真の主人公は、サルヴァトーレ・ジュリアーノという個人ではない。彼を怪物に育て上げ、利用し、用済みになればゴミのように捨てた「シチリアという土地の歪んだ構造」そのものが主役なのだ。個人の感情やドラマを排除するため、監督はあえてジュリアーノの素顔を隠し、神格化も矮小化もしない道を選んだ。

② 役者ではなく「本物の住民」が演じるリアル

映画に緊迫感を与えているのは、ジャンニ・ディ・ヴェナンツォによる白黒のハイコントラストな映像と、凄まじい量のエキストラだ。なんと本作、主要キャスト以外のほとんどを「実際に事件の時代を生き、ジュリアーノを目撃したシチリアの住民たち」が演じている。

軍隊が押し寄せた瞬間に一斉に閉まる鉄の扉、我が子の死体に群がり絶叫する母親たちの姿は、演技を超えた「生々しい歴史の告発」そのものである。

3. 未解決の謎:誰が「黒い霧」を発生させたのか?

映画が描き出したのは、戦後イタリアの成立過程における「国家・マフィア・警察・地主」の四者癒着という恐るべき構造だ。

政治家(国家): 共産党(左派)の台頭を恐れ、これを阻止するためにジュリアーノの暴力を利用した。

マフィア: 政治家へのパイプ作りのため、最初はジュリアーノを支援し、政府から彼の大捕物(口封じ)を迫られると、今度は警察に彼を売り渡した。

警察: 自分たちの無能さを隠し、国家の威信を守るため、マフィアと手を組んで「銃撃戦での射殺」という嘘のシナリオを捏造した。

ジュリアーノは、彼らが「イタリア」という新しい国家の枠組みを作るために必要としたテンポラリーな駒であり、秘密を握りすぎたがゆえに消される運命にあった。

本作が公開された翌年の1963年、イタリア政府はついに重い腰を上げ、「マフィア対策議会調査委員会」を設置せざるを得なくなった。映画一本が、リアルに国家の闇を動かした瞬間だった。

画面に映る、ジュリアーノが倒れていた中庭。それはまるで、真実が永遠に闇に葬られたことを象徴する、冷徹な墓標のようである。

編集後記

「真実を知る者は、毒入りコーヒーで眠る」

映画の終盤、ジュリアーノの右腕だったピショッタが法廷で「国家とマフィアの癒着」をぶちまけようとした矢先、刑務所内で毒殺されます。

映画はここで終わりますが、現実のシチリアでも、この映画の公開後にマフィアの壊滅を目指した検事や裁判官が、次々と爆弾や銃撃で暗殺されました。

ロージ監督が『シシリーの黒い霧』で描いたものは、過去の歴史ではなく、今なおイタリアという国家の底に渦巻いている「現在進行形の闇」なのです。

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